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てんばただいすけの結婚した妻や子供は?母や父など家族構成も調査!

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14歳の時、医療事故(医療ミス)が原因で、四肢の麻痺をはじめ言語、

視覚、発話、嚥下と、重度の障がいを抱えることとなった

天畠大輔(てんばただいすけ)さん。

 

れいわ新選組の衆議院議員として活躍する天畠さんをテレビなどで

見かけた方もいるかもしれません。

 

発言をする際の「あ、か、さ、た、な話法」も天畠大輔さんの

特徴です。

 

本記事では、天畠大輔さんが結婚した妻や子供、父、母など

家族について調査してみました!

 

それでは早速見ていきましょう♪

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てんばただいすけの結婚した妻や子供について調べてみた!

天畠大輔さんはこれまで結婚をされたことはなく、当然ながら

妻や子どもも持たれていません。

 

しかし以前に結婚を考えたお相手はいたようです。

 

その方はいつも笑顔が絶えず、細身で小柄のナチュラルな印象だと

天畠さんご本人が語っています。

 

とても献身的で、読み取り技術も優れていたそうで、これまで

介助してもらった方の中で一番天畠大輔さんに寄り添っていたことから、

「早く私(=天畠さん)の家族になってもらいたい」

という気持ちを抱いていたと話します。

 

数年間の交際が続いたとのエピソードもありますが、そんな

「家族になりたい」という気持ちから、身の回りの介助以外にも不仲な

家族との仲裁に入ってもらうなど、彼女に甘えて多くの負担を

かけたことも告白。

 

結果、破局してしまったようです。

 

金銭面のこと、公的機関との交渉ごと、両親のこと、私の身の周りのこと、

あらゆる責任を、分散させずに彼女一人に任せてしまっていました。

同世代の介助者が結婚するのを横目で見ながら、結婚を少し焦っていたのも

あるかもしれません。いろいろおしつけて、ごめんなさい。

そんな彼女の最後の言葉は

「今はもうしんどいの。大輔さん、、、さようなら」

でした。

(出典:https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n423/n423012.html)

 

現在は、日常生活で自立をしておられますが、障がいによる影響は大きく、

身体に不随意の動きが出たり、顎が外れ呼吸困難に陥ったりする可能性が

あるそうです。

 

日々の生活を送るためには24時間・365日介助者が必要だということを、

自身が所属している中央大学のオピニオン記事でご本人が説明しています。

 

現在地域で自立生活をしていますが、生活上何をするにも身体介助や

通訳介助が必要です。また、身体に不随意の動きがある事と、時おり

筋肉の緊張によりアゴが外れ呼吸出来なくなるという障がいもあるため、

24時間、365日、片時も離れず常に介助者が私の側にいます。

(出典:https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20200116.php)

 

常に介助が必要な生活・・・五体満足で生活している人にとっては

到底想像が追いつかないことです。

日々の生活の不便さなど計り知れませんね。

 

そんな状況のなかでも負けずに闘っていけるのは、天畠大輔さん自身の

気持ちの強さはもちろんのことですが、介助をされている皆さんが

いるからこそその強さを維持できているのかもしれません。

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てんばただいすけの母や父など家族構成を調べてみた!

わん太郎

天畠大輔さんが結婚していないことは分かったけど家族構成ってどうなのかな?

にゃん吉

天畠大輔さんの兄弟とかも気になるよね!

 

天畠大輔さんにはきょうだいがおらず一人っ子だそうです。

私は一人っ子家の根っからの寂しがりや

(出典:https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n423/n423012.html)

 

そして、天畠大輔さんが話されるエピソードに度々登場しているのが

母親について。

 

医療事故が起こって以降、病院での寝たきり生活となってからは

主にお母さんが付き添っていました。

 

当時病院の担当医師は、植物状態が続き、知的レベルも下がっているとの

判断をしていたようですが、日々天畠大輔さんを見守ってきたお母さんは、

絶対にコミュニケーションが取れるはずだと、病院側の意見を

信じなかったそうです。

 

私は事故に遭った当初、医者から

「この先ずっと植物状態が続き、知的レベルも幼児段階まで低下している」

と診断されていました。

医者は知的レベルが下がっていると断言していましたが、

母はその診断を信じませんでした。ふと笑う私の表情を見て母は、親子だから

こそ感じ合える何かを読み取っていたのだと思います。

母は、

「コミュニケーションを絶対に取れるはずだ」と信じ続けてくれました。

(出典:https://www.npwo.or.jp/arc/library/award/2008/43_yusyu_tenbata.html)

 

天畠大輔さんが意思疎通を図るときに使うコミュニケーション方法

「あ、か、さ、た、な話法」は、そんなお母さんとの絆から

生み出されたもの。

 

そのきっかけは入院中に看護師が経管栄養を半日入れ忘れ、空腹に

耐えかねたときのことでした。

 

誰にも気づかれず、自分からも伝えることができずに泣くしか

なかった天畠大輔さんにいち早く母親が気づいたそうです。

 

その時咄嗟に思いついたのが、五十音順を順番に言っていき、

当てはまる仮名で反応するという方法で後に

「あ、か、さ、た、な話法」と名付けられました。

 

このときの天畠大輔さんご自身はもちろん、ずっと一方的に

話しかけていた母親の感動というのは、言葉では言い表せない

ものだったのだと思います。

言語障がい、発話障がいを抱えながらも意思疎通を図ることが

できるというのは、この上なく生きる幸せにつながるのだろう

と思いますね!

 

なお、父親に関する情報は少ないものの、ルーテル学院大学を

受験した際に介助していたことを天畠大輔さん自身が明かしています。

 

また面接試験は、一般入試に予定されていた集団面接ではなく、

個人面接にしてもらい、介助に慣れている父についてもらって

受験をしました。

(出典:https://www.npwo.or.jp/arc/library/award/2008/43_yusyu_tenbata.html)

 

少しずつでも、現実に立ち向かいながら着実に進んでいく家族の努力の

姿が垣間見えますね。

 

しかし、元彼女に家族の仲裁に入ってもらっていたというエピソードから、

家族仲は良いとは言えないようです。

 

不仲の理由は定かではありませんが、子どもが生まれつきではなく

突然重度の障がいを抱えることになったら、ともに暮らす家族の負担や

ストレスは計り知れないものがあるので、そのような心情などが

関係するのかもしれません。

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天畠大輔の医療事故について!

先述の通り、天畠大輔さんの抱える重度の障がいは医療事故によるものです。

14歳の頃(当時1996年)に急性糖尿病により病院に救急搬送、そこでの

医療ミスで心肺停止となったことがきっかけに。

 

驚くべきはさらにその状態に病院の担当者が気づかずに20〜30分

放置されてしまったそうです。

当然、脳には大きな損傷となりました。

 

脳の運動機能に大きなダメージが残りました。そのため四肢マヒ、

言語障害、視覚障害が現れ、自力ではまったく動くことができない

状態になってしまったのです。

(出典:https://www.npwo.or.jp/arc/library/award/2008/43_yusyu_tenbata.html)

 

事故直後から半年間、私は筋肉を動かすことができないばかりか、

気管切開をしていたので、声を出すこともできませんでした。

誰とも意思疎通ができなかったのです。

(出典:https://www.chiikihoken.net/pdf/network/net_tenbata.pdf)

 

脳へのダメージから四肢麻痺や視覚・言語・発話・嚥下障がいを抱える

こととなり、車椅子生活を余儀なくされた天畠大輔さんですが、

知能や聴覚は正常とのことです。

 

視覚障がいにおいては、平面のものを見る時や、見たものの中央箇所は

ぼやけて認識できないそうですが、立体だとある程度見えており、

色も認識できるそうです。

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まとめ

意識があり考えることができているのにも関わらず、言葉で表すことも

身体を動かすこともできないというのは、本当に悔しいことでしょうし、

どこまでいっても想像を絶します。

 

しかし、天畠大輔さんはそんな状況に負けずに、今では衆議院議員として

声を上げていたり、大学での研究員を務め、SNSやテレビ、雑誌などで

見かけます。

 

その姿はきっと障がいを抱えられている方だけではない多くの人々に

勇気を与えていることでしょう。

 

最後までお読みいただきありがとうございました♪

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